コラムColumn

vol.96 令和5年9月 造園アカデミー

2024/4/1

皆様こんにちは、清水園でございます。

本日お伝えして参りますのは、以前代表がオンラインにて参加致しました「令和5年9月 造園アカデミー」について。

日本造園アカデミーが主催する「造園シンポジウム」は、造園にまつわる有識者の方々が登壇され、現代における庭づくりに必要な物事やこれから必要とされるであろう造園のあり方などを、ご自身の手がけられたお仕事をはじめ、研究対象などから紐解いていく…といった内容となっております。

時代の流れも急速に進んでいく中、今回のシンポジウムでテーマとして取り上げられたのは「ウェルビーイングな庭と手入れ」。サスティナブルやSDGsが皆様の認識に浸透してきた昨今、ウェルビーイング…‘良好かつ快適な状態’といったワードが注目されつつあります。

特に造園の業界におきましては、‘庭の快適さが家に住む人の快適さにも繋がる’といった観点から、見逃すことの出来ないテーマでもあるようです。

「今回の造園アカデミーは、パンデミック以降初となる対面とオンラインでのハイブリッド形式で開催となりました。私は宮城県からですのでオンラインでの参加でしたが、現地において対面式で参加された方々は、今回登壇された平賀達也さんの手がけられたお庭を午前中に鑑賞し、午後に講演会に参加する…というスケジュールをとられたそうです。」

テーマにおいても参加形態においても、同時代性を取り入れることに積極的な日本造園アカデミーの姿勢はとても好意的に受け取ることができますね。

「庭は今を生きる人達がどのように管理するかで次の世代に残せる・残せないが関わって参りますから…もちろん古き良きものを愛する姿勢もございますが、やはり時代の潮流は見て行かねばと私自身も留意しております。

さて、今回の造園アカデミー…なんと13時半からスタートし18時に終了するという、大変充実した内容となっておりました。最初に登壇された平賀達也氏の講演内容からご紹介していきましょうか。」

株式会社ランドスケープ・プラス代表の平賀達也氏は、造園家ではなく「ランドスケープデザイナー」。開発・設計の観点から、都市開発を中心に手掛けていらっしゃいます。

「平賀さんの講演のタイトルはまさしく『ウェルビーイングな庭』。都市開発という大規模な観点から、都市と人との快適なあり方を紐解いていかれました。」

通常の庭づくりと違い、都市開発は手掛ける土地の状態など過去の実績データに基づき、災害のリスク等を踏まえた上で計画・実装を行われるとのこと。

「例えば…現在の日本の地形と12万年前の地形とを比べた時、12万年前は海だったところが噴火などを繰り返し、現在陸地になっている…というところも多くあるそうです。海だったところを埋め立てたとしても、山のような土壌にはなりませんよね。ですので、元々の地形に沿った開発を行わなければ、水害に伴って土砂崩れのリスクがある…といったような内容です。造園家の庭づくりとはまた違った視点です。」

「平賀さんが2年前に手掛けられた、群馬県での『馬場川通りアーバンプロジェクト』の事例では、地域の特性を活かした内容をプレゼンテーションすることで、現地の方にも受け入れてもらえるようなまちづくりを行われたとの事です。」

平賀氏が意識されたのは「つながりながら成長する拠点づくり」。重要な3点のつながり…「時間のつながり」「空間のつながり」「文化のつながり」それらを壊さないように設計に取り組まれたそう。

「一つ目の‘時間のつながり’では、開発基盤となる馬場川の地形を意識されたとのこと。馬場川ならではの地勢や歴史をデザインで継承しようと試みられたそうです。二つ目の‘空間のつながり’では、城下町の雰囲気を残しながら官民連携の推進拠点として馬場川ならではのコミュニティデザインを発案されました。最後の‘文化のつながり’では、水と緑、そして人が共生する馬場川の地域文化を活かし構築を進められたそうです。」

現地での綿密なリサーチを行ったのち、最初に馬場川周辺の一部を開発、街の方々からご要望を募り一年後に再開発をスタートされたとの事。

「やはり、実際に手掛けてみて初めて街の方々からのご意見というものはリアルに響いてくるものです。例えば…最初平賀さんは歩道を広げ交通の便などを良くするといった観点から、馬場川を塞ぐような設計を考えていらっしゃったそうです。

ですが、やはり川の有無で街の景観は大きく変化するもの…街の方から塞がない方向性の検討を求められたそうで、最終的にはそのご意見をもとに川は塞がず、落下防止策を設置するといった方針へ変更されたそうです。また、川の有無は景観の変化だけでなく地表の温度を下げる役割も果たしてくれます。今はどうしても緑よりもアスファルトが多くその分蓄熱も増加傾向にありますから、そういった意味で川はより快適な環境づくりに欠かせない要因だったようです。」

また、地域有志に相談役になってもらうことで、作業もより円滑に進んだとの事。

「やはり地域の人々が日々を暮らす街ですから…そこの再生の為に資金提供を行なっていただく仕組みを構築したり、その分有志の想いを行政に伝えやすくするといった循環を生成することで、民間と行政とが協働しながら問題解決・都市開発を進めていくことが出来るわけです。」

平賀氏は、東京都港区で手掛けられた「ののあおやま」という地区計画でもそういった地域連携をベースに、「森と一体化になるような住空間」をテーマに都市開発を行われたとのこと。公園と都営住宅をつなげるような形式をとることで、都営住宅の庭として公園が使えるようになったそうです。

「ここの大きな特徴は、降雨が全て地下浸透するように設計されている点です。これにより木の根が大きくなり地域の温度も下げられます。今後は地表排水ばかりを考えるのではなく、こういった地面に雨水を浸透させる庭づくりが求められるようになるのだろうな…と感じた事例でもありました。」

平賀氏に次いで登壇されたのは奈良県立大学地域創造学部教授・井原緑氏です。

「井原さんは本当に庭が好きな方。今回は『Well-Beingを醸成する造園空間の手入れ – 庭園からOpen Spaceまで』というテーマでお話を展開されました。」

井原氏がお話しされたのは、住民が参加する「庭の手入れの方法」について。弊社代表も日頃から話されていますが、「庭は作って終わりではなく、作って永く手入れする・育てることが大切」という事を改めて強調されていました。

「井原さんのお言葉を借りると、‘造園空間=変化と共に在る…「時間」’。まさに変化と成長と共に庭があるといっても過言ではありません。例えば、庭に30mの木が欲しい時…最初から植えられる敷地面積があることはほとんどありませんから、最初に5〜6mの木を植えて30mを目指して育てて参ります。

それは、途中で庭を管理する人が変わってもそれが完成することを目指せる状態がベストです。我々は生きているものを使います…先述したように木は成長しますし、枝は伸びます。石は苔むしたり色が変わります。時には生えていなかった植物が生えてくることだってございます。時間と共に変化は進んでいきますから、その経過と共に庭を綺麗にしていくためには、周到な保護手入れと管理が必要です。維持にはもちろんお金もかかるので大変な工程ですが、井原さんはその重要性をしっかりと指摘されていました。」

そう、そのように庭の管理・手入れが生命線とも言える造園業なのですが…代表曰く、業界全体で手入れの質がここ数年で大きく変化してきているとのこと。

「造園家の技術の低下があるのですが、二極化が進んでいるように思います。いわゆる‘正式な剪定’をできる人が減っているのです。これには、施主の財力の低下や生活スタイルの変化も伴っていることは事実ですが、我々がかつて‘当たり前’としていた水準が下がってきているように感じます…」

代表がそのようにこぼすのも、井原さんのお話しされた「京都御所の松林の剪定」について伺っていると合点がいきます。「御所透かし・御苑透かし」と呼ばれる由緒あるこの剪定は、京都御所の特性が変わらないように「御苑施設整備基本計画」として毎年予算組・年間計画が行われているほどの内容。中でも「御所透かし」は、枝を抜くだけの剪定で手早く自然な仕上がりが特徴です。

「仕上がり前後で、違和感のないような仕上がりにできる職人の数は本当に減ってきております。技術力ももちろん求められますが、‘場所’としての土地の価値読解と理解もまた重要で、‘京都御所’のあるべき姿を造園家がどこまで理解し手入れ出来るか。これは人としてのあり方も問われているように感じます。」

また、井原氏は講演の締めくくりとして「人間×人間の対話」が重要だと語ります。過去の造園思想・利用者と現在の管理運営関係者・利用者とが対話を行い、いかに「庭の未来像を共有できるか」が庭の管理に繋がるとのこと。

「最終的にはどれだけ維持管理に手を掛けられるか…という点に尽きるとは思うのですが、今を生きる人たちが先人の想いを汲んで、いかに次の世代に引き渡せるか…そのバトンパスもまた‘庭づくり’の要となるように感じます。」

3人目の登壇者は造園家・文化財庭園管理士の松中徹氏。松中氏もまた通常の個人庭園とは違い、より特殊な領域でもある「文化財庭園における手入れ」についてお話ししてくださりました。

「‘文化財庭園’というのは、文化財保護法で指定されているいわゆる‘記念物’。日本における優れた国土美として欠くことが出来ないものとして位置付けられております。また、芸術または鑑賞価値及び学術上価値の高いものを‘名勝庭園’。名勝のうち特に価値が高いものを‘特別名勝’と呼ぶそうです。」

そんな文化財庭園…当然のことながら個人邸や公園を手入れするようにはいかないようで。

「‘文化財保護技術’といって、庭の増設・石組みの変化・水処理管理・植栽管理・庭園構造物・庭園石造物・小仕事…あらゆるものの‘維持管理技術’が必須だそう。一度手を加えてしまったり壊してしまうと元に戻す事は出来ませんから、‘分からないものは勝手に直さない’のが原則。

直すには学術経験者の「根拠」が必要で、個人の判断で維持管理出来ないのが、文化財庭園の手入れの特徴だそうです。松中さんが副代表を務めておられる‘文化財庭園保護技術者協議会’の審議の元、あらゆる維持管理にあたるとのことです。」

非常に形式や学術的文脈が重要でお堅い印象はございますが…やはり国にとって重要なものを扱うだけに、個人邸と文化財庭園の手入れでは同じ造園業でも性質が全く異なるのですね。

「そうですね、地域の歴史的・文化的背景を始め、作庭の意図…石一つを動かすのにも根拠が求められるのにも納得がいきます。松中さん曰く、文化財庭園での手入れにおいて必要なことに‘構成要素における意匠やデザイン性から時代の違いを判断し、先人の知恵と工夫を理解するということ’。

また、‘本質的価値を失わないように現時代にあった手入れを行うこと’があるそうです。例えば…松の枝が一本折れただけでも、枯れた松を植え替えるのか、それとも小さな松を育てていくのか。台風で石が動いた場合も、石の元の位置の確証がなければ戻すことが出来ませんから、飛石一つ置くのにも2〜3週間かかることもあるそうです。」

庭園の所有者・学識研究者・行政関係者・技術者・設計管理者…様々なお立場の方の知見から、ようやく修理の内容が決定されるとのことですから、時間がかかるのにも合点がいきます。

「庭の管理とはいえ、‘保存修理事業と同様な進め方’。日本全国で文化財庭園管理士の受験資格自体を持てる人が少ないのにも、その専門性の高さと重要性を伺うことが出来ます。講演の最後に松中さんは、‘時代ごとの人々によって空間の捉え方は変わってきたけれど、骨格や思想を損なわず連綿に受け継がれた文化財庭園は、その時代の人々には良き庭園であったといえる。’と締めくくられました。

どれだけ維持管理が大変なものとはいえ、価値あるものを後世に残す・引き継ぐ…という事はやはり誰かが担わなければならないことだという事を実感致しました。」

さて、永きにわたりお送りしてまいりました「令和5年9月 造園アカデミー」、庭園技術・文化普及アドバイザーの井上花子氏と、アカデミー会議議長の尼崎博正氏のお話で締めくくりたいと存じます。

「井上さんは、竹材の魅力と課題についてお話ししてくださりました。私自身、課題を感じているトピックスの一つでしたので…非常に共感しながらお話を伺っておりました。」

井上氏は、現在人工竹垣が主流になっている現状を指摘した上で‘竹垣は製作にお金がかかる’、‘竹垣を作れる人がいなくなってきた’、‘技術がなくなってきたので後進が育たない’…それら問題点をどのように解決していくかという事を示されたとの事。

「井上さんが指摘された点に加え、ライフスタイルの変化やお客様が文化的でなくなってきたという事も、竹垣が減っている原因であるように感じております。そうした事を踏まえた上で、井上さんは‘竹材を使用して庭に活かしていく’案を提唱されました。

竹を利用した多様なデザインの提案をはじめ、長寿命の竹垣の制作、我々造園業者の意識改革がベースです。竹材の調達を日本国内からではなく、イタリア・フランス・アメリカといった諸外国から輸入したり、竹垣というスタイルに留まらずイルミネーションと組み合わせたオブジェで竹材を利用するなど…より幅広い視野で竹材を活用していくことで、竹林の荒廃も防げるのではと仰っていました。」

最後に登壇された尼崎氏は、桂離宮のご研究を元にその風土性と技術についてお話しされました。

「桂離宮は水害に対する意識の高い建造物です。元々迎賓館のような役割・目的を果たしていた場所なのですが、立地環境が悪く…川が氾濫する度に水没するといったように、水害が多かった為対策が施されています。高床式の建築であることを始め、川が氾濫した際の取水の工夫。敷地内にある桂垣は、生きている竹を使うことで水害があった際に泥などの流入を防ぐ役割を果たしているそうです。

また、実用的な観点だけではなく、様々な地域から石を持ち込み使用することで嗜好にも富んでいます。桂離宮のあり方は、環境の特性に対しどのように‘ウェルビーイングであるか’ということに改めて気づかせてもらえるように感じました。」

5名の有識者の方の講演が繰り広げられた造園アカデミー…弊社代表もその内容に様々なことを感じられたようです。

「私の考える‘ウェルビーイング’としましては、‘今を生きる人たちがきちんと残すことで、次の人たちまで残る’という事。逆に、ちゃんと残さないと残らないのだな…という事でもございます。庭の手入れは、100年続いてきた庭でも3年適当にやってしまうと荒れてしまいます。

匙を投げた途端に商品価値がなくなってしまい、これまでの布石や先人達の尽力が無意味なものになってしまいかねません。そういった意味でも、良いものをより良い状態で引き継ぐことは現代を生きる我々に求められていること、そのもの。今回登壇された方達は皆様それぞれのお立場や観点から、非常に的確にそういった問題点や課題を指摘されているように感じました。」