コラムColumn

vol.134 推し活【後編】

2026/1/5

スポンサー契約のお話をいただいたとき、迷うことなく「やります」と即答しました。理屈ではなく、心が動いたのです。これこそ、私にとっての「推し活」だと思いました。

岡崎陽向選手のように、夢に向かって懸命に頑張る若者を応援できること。それは本当に素晴らしいことだと感じています。

私自身にも、かつて夢がありました。しかし、家業を継ぐと決めた瞬間、その夢を追うことはできなくなりました。だからこそ、今もなお自分の夢を追いかけ続ける若者を見ると、羨ましく、そして心から応援したくなるのです。

人生において、努力が必ず報われるとは限りません。それでも、一生懸命に夢を追いかけている人の姿は、何よりも美しいと感じます。その姿に触れることで、自分自身もまた奮い立たされるのです。

上を目指し続けるということは、並大抵の覚悟ではできません。結果が出ない時期もあれば、怪我やスランプ、孤独とも戦わなければならない。けれど、それでも諦めずに前を向き続ける姿勢は、見る人の心を動かします。私もまた、造園という分野で世界に挑戦していくことを目標にしています。ですが、まずは地に足をつけて、足元を固めることが何より大切だと考えています。

「土台づくり」という言葉は、まさに造園にも通じます。美しい庭をつくるためには、まず見えない部分を丁寧に整えることが不可欠です。それと同じように、夢を叶えるためにも、地道な積み重ねが必要です。岡崎選手の姿からは、そんな普遍的な真理を改めて学びました。

職人もスポーツ選手も、本質は同じだと思います。いかに自分の時間を費やしてきたか。その積み重ねこそが、上に行くための唯一の道だと感じます。私たちの仕事もそうです。日々の現場での積み重ね、手の感覚、経験の蓄積。それらがやがて「技」となり、「作品」として形に現れるのです。

ただ、その分だけ、人生の時間の多くが仕事に費やされてしまうのも事実です。家庭人としては決して褒められたものではありませんが(笑)、それでも「何かを得るためには、何かを捨てなければならない」というのは、やはり真実なのだと思います。

岡崎選手の姿を見ていると、自分の若い頃の情熱を思い出すと同時に、「まだまだ自分もやれる」と背中を押されるような気がします。岡崎選手が試合で戦う姿を見守ることは、単なるスポンサーとしてではなく、一人の「推し」としての楽しみでもあります。応援することで、こちらのエネルギーまで満たされる。そんな不思議な力が「推し活」にはあるのだと思います。これからも、清水園として岡崎陽向選手を応援し続けてまいります。そして、私たち自身も「自分の道を極める」という思いを胸に、一歩一歩前進していきたいと思います。