vol.137 沓脱石
2026/2/23

皆様こんにちは。清水園でございます。
今回のコラムでは、代表の自宅裏庭に「沓脱石(くつぬぎいし)」を設置した際のお話をさせていただきます。
「沓脱石」とは、その名の通り、建物の中に入る際に靴を脱ぐために据えられた石のことをいいます。沓脱石には自然石や加工石などの種類がありますが、今回は自然石を用いました。しかし、都合の良い形の石はなかなか存在しないため、適切な形になるよう加工を施しました。
石の加工は大変な作業です。今回は約2トンの三角形の石の尖った部分を約50センチ割り落とし、窓際に寄せられるよう平らに整えました。加工には、機械で切るよりも割る方が早いのですが、ドリルで石に何ヶ所か穴を空けてセリ矢をハンマーでトントンと叩いて割る方法が用いられました。石には割れやすい「目」があり、この作業には相当な根気が必要です。意図しない箇所で割れてしまうこともあり、特にあと数ミリという微調整の段階で関係のない場所に割れが走り、石が二つに割れ使えなくなってしまうこともあります。
また、石をうまく割り、自然な形に仕上げていく行為は、ある意味では職人の「美意識」が大きく影響する、自己満足の世界でもあります。石と向き合いながら少しずつ整えていく作業は、仕上がりの美しさを追求したくなるものですが、実際にはお客様が気づかないレベルの細かな違いも多く存在します。例えば石と石の間のわずか5ミリの隙間などは、ほとんどの方が気に留めることはありません。
それでも職人としては、「あともう少し」と手を加えたくなる誘惑が常につきまといます。しかし、どこまで作業を進めるかの判断を誤ると、手間が無限に増えて全体の作業が滞ってしまったり、不要な工程が積み重なって費用が膨らむ原因にもなります。そのため、こだわるべき点とそうでない点を見極め、効果的に力を注ぐことが極めて重要になります。
この「やめ時」の判断は、その場所が庭の中でどれだけ視線を集めるか、あるいは日常的に人が通過するだけのポイントなのかといった役割によって変わってきます。庭の主役となるアイポイントであれば細部まで徹底的に整えるべきですが、そうでない場所に同じ労力をかけると、お客様の予算配分や工期に対しても不均衡となってしまいます。結果として、お客様の満足度を高めるためには、作業の精度だけでなく、「どこまで仕上げるか」を適切に見極めることが求められます。
次に問題となるのが、設置場所と高さです。今回は設置予定地の下に排水管が通っていたため、石の重みで管が下がったり折れないよう、管よりも高い位置に木杭を打ち込み、菅より上の部分で石が下がらないように石を支える補強を行いました。
石を移動させる際にはチェーンブロックを使用しますが、建物の近くで作業する場合、持ち上げた際に石が建物側へゆれてぶつかってしまう危険があります。そのため、倒れないようロープで補強を施し、細心の注意を払って持ち上げることが重要です。
石の幅は、基本的には窓の幅に合わせることが標準となります。しかし、それだけでは十分ではありません。実際に窓がどの方向に、どれほどの範囲で開くのか、そこを通る人の動線がどう流れるのかといった細かい要素を踏まえ、石の大きさや配置角度や高さを丁寧に調整していきます。窓を開けた際に邪魔にならないことはもちろん、靴の脱ぎ履きが自然にできるか、立ったり座ったりする動きがスムーズかといった使い勝手も考慮しながら最適な幅を割り出します。
また、設置作業の最後に行う仕上げも非常に重要です。割って形を整えた部分が不自然に目立ってしまうと、せっかくの自然石の風合いが損なわれてしまうため、周囲の石肌や景観とのバランスを見ながら細やかに整えていきます。荒々しさの中にも自然な表情が生まれるように、削り跡の角をわずかに落としたり、石の色合いが馴染むように面を調整したりと、見えない部分にこそ技術と感性が求められます。
このように、単に石を置くだけでなく、住む人の動き、建物との関係、景観の調和まで考え抜いたうえで仕上げていくことで、使いやすく、美しく、長く愛される沓脱石が完成します。
一般の方は、置かれている石だけをご覧になるかもしれませんが、その一つの石を据えるまでにはさまざまな物語があり、試行錯誤を重ねながら完成に至っているという裏側があります。沓脱石ひとつを設置するにも、石の選定から加工、運搬、設置まで多くの工程があり、そこには職人の技術と経験、そして細やかな判断が詰まっています。何気なく置かれている石の裏側には、見えない工夫と努力が存在します。こうした背景を知っていただくことで、庭づくりの奥深さや石材の魅力を、より感じていただければ幸いです。









