vol.88 現代美術家3点目の作品
2024/1/9
皆さんこんにちは。清水園でございます。
さて、弊社倉庫火災が発生した後、無事新しい倉庫も出来てから1年の月日が経とうとしております…「時が過ぎゆくのは早いものですね。」と代表と話しながら、「先日、また栗棟さんにハサミを主題とした作品の制作をお願いしたのです。」と伺いました。
栗棟美里さんは、兵庫県神戸市を拠点に活動される現代美術家。過去、代表は栗棟さんに2点の制作を依頼した経緯がございます。
「いずれの作品にも、私が撮影したハサミの写真を使用していただきました。昭和42年の刈込及び昭和39年の手鋏…清水園の歴史には欠かすことの出来ないハサミです。最初の1点は、《ZOUEN》という刈込・手鋏の写真の上に金継ぎを重ねた作品。2点目は、ハサミが火災で被害を受けたことを機に《Condolence/Hasami》というタイトルで、ハサミへの弔いの意思を作品にしていただきました。」
2点目を作っていただいた頃から、「現在・過去・未来の3部作として制作をお願いしたい。」と代表はぼんやりと想いがあったようです。
「被写体となったハサミは、物としては無くなってしまいましたが…ここから繋がっていく明るい未来への希望を、同じ写真を使用して表現してもらえたら…どんな作品に表現してもらえるのだろうか、そんな風に考えておりました。」
代表がその内容を栗棟さんにお伝えしたところ、「ちょうど、‘未来’をテーマにした新しいシリーズを作ろうとしていたところだったのです。」と、運命の歯車が噛み合うかのように、新作の構想と代表の依頼とが一致したそう。
「偶然の必然…という言葉を私は時々使用致しますが、今回もまさにそのような嬉しい偶然のタイミングでありました。お話をしてから翌月、別の被写体を用いた新しいシリーズ《Germination》のお写真を拝見し、話がより具体化して参りました。拝見した新作は、被写界深度(写真中の被写体に対しピントが合っている範囲)を変えた4枚の百合の花が菱形につながったような形状でした。その百合の花の上に銀色の円が描かれており、4枚の百合の花を繋いでいる…なんとも今までとは違った幻想的なイメージの作品でした。」
《Germination》は、日本語にすると‘発芽・発生・発育’といった意味を持つ言葉なのだそう。印刷した写真の上からダイヤモンドダスト・グリッターなどを使用し正円を描画した、ミクストメディアと呼ばれるジャンルの作品は栗棟さんの作品スタイルに一貫してみられる作り方です。
写真に描かれた正円は、満月・子宮・種・蕾の内側などを意味しているとの事…新たな世界へと開かれていく生命の始まりとまだ見ぬ存在の力強さを表現されたシリーズだそうです。
「栗棟さん曰く、ハサミが今後紡いでいく‘未来’を表現するのに《Germination》は適したシリーズのように思います…との事でした。前回・前々回同様に仕上がりのイメージは栗棟さんにお任せし、制作をお願いした次第です。」
そして数ヶ月後、清水園の元に無事作品が納品されました。
シルバーのフレームで区切られたハサミは、それぞれが異なるサイズ・ピントでトリミングされ、ゴールドの円で繋がっているようなイメージです。最上部に位置するハサミは、刃を天に向け誇らしげに佇んでいるように感じられます。また、ハサミをぼかしたり部分を拡大したようなイメージも繋がっていることで、ハサミの多様な見え方を楽しみことが出来ます。
また、今回も作品に栗棟さんによる解説文が添付されておりましたので、ご紹介したいと存じます。
タイトル|Germination/Hasami
素材|インクジェットプリント(竹和紙)・ クリアメディウム・ダイヤモンドダスト・ゴールドグリッター・ アルミフレーム
シリーズ「Germination」は、印刷した写真の上からダイヤモンドダスト・グリッターなどを使用し正円を描画したミクストメディア。
正円は満月・子宮・種・蕾の内側などのメタファー。新たな世界へと開かれていく生命の始まりとまだ見ぬ存在の力強さを表現しています。
《Germination/Hasami》は、清水園様はじめ‘造園’そのものの未来への可能性・発展への希望が主題となっております。
2022年3月21日に発生した清水園・倉庫火災の被害を受けたハサミ(火災以前三代目により撮影された刈込鋏及び手鋏)の写真を用い、火災前に金継ぎを用いて造園の世界観を表現した《ZOUEN》、火災後に灰を用いてハサミへの弔いの意思を表現した《Condolence/Hasami》に次ぐ3作目の本作。
それぞれに込められた異なるメッセージは、全て同じ写真を用いているものの、上から重ねる素材・アプローチを変えることで独自のものとして成立しています。
一方で、この3点が並んだ時に示唆される「現在・過去・未来」といった時間軸は、異なるアプローチを同じ写真(ハサミ)が統括するからこそ成立し得るものであり、ハサミの象徴する庭師の想い・世界観として目の当たりにする事となるでしょう。
また、《Germination/Hasami》は異なる被写界深度で捉えられたハサミが四方から‘円’で繋がっていることが特徴です。自身の視覚・認識領域と他者のそれは、各々で完結し共有し得ない領域ではあるものの、それら異なるもの同士が‘縁’の元に繋がり合うことで世界が成立し、まだ見ぬ可能性・現実創造を拡張していくことと思います。
我々は自身の内でその現実を創造し、またその中で創造した他者と手を取り合うことで生じる化学反応を経験するために今生を全うします。
清水園様、また造園に関わる全ての皆様にとって、素晴らしい未来と可能性が今後も創造され続けることを願い、本作へとかえさせていただきます。