vol.147 水の庭について
2026/9/11
さらさらと流れるせせらぎ、岩肌を伝い落ちる滝の音。水のある庭は、私たちの心を落ち着かせ、豊かな時間をもたらしてくれます。一方で、その美しい風景の裏側には、現場で積み重ねる試行錯誤と細やかな美意識があります。今回は、庭づくりの中でも、とりわけ難しく奥深い「水の庭づくり」についてご紹介します。
造園の仕事は、大きく分けると「管理をする仕事」と「庭をつくる仕事」の二つがあります。近年は樹木の伐採などのご依頼も増えていますが、やはり「庭」という言葉の通り、何もない空間から新しい庭をつくり上げることは、庭師にとって大きなやりがいのある仕事です。その中でも、ひときわ特別であり、同時に最も難易度が高いのが「水が流れる庭」をつくることです。
現代ではポンプを使って簡単に水を循環させることができますが、昔はそうはいきませんでした。上流に川がある、あるいは高いところから水を引けるといった地理的な条件が揃わなければ、庭に水を流すことは不可能だった時代があったのです。水が流れる庭を持てることは、まさに幸運なことでした。
たとえば、京都の南禅寺界隈には水が流れる美しい名庭がたくさんあります。これは明治時代、琵琶湖疏水(インクライン)という大きな事業によって水が引かれたことで実現したものです。政治家・山縣有朋が「無鄰菴」という庭に水を引き入れたのが第一号と言われています。昔も今も、「自分の庭に水を流したい」というのは、人々の大きな夢なのです。水が引けない時代には、石や砂だけで水の流れを表現する「枯山水」という様式が発達したほど、日本人は水に対する憧れを抱き続けてきました。
川から水を引ける環境であれば、多少水が漏れても無限に水が供給されるため心配はいりません。しかし、水道水とポンプを使って人工的に水の流れをつくる現代の庭において、一番恐ろしいのは「水漏れ」です。
水漏れの原因は本当に厄介です。ただ水が蒸発しているだけなのか、防水シートやコンクリートの隙間から漏れているのか、あるいは石に目に見えない穴が開いているのか。原因を探し始めると切りがありません。漏水すると水道代がかさむだけでなく、土中に溢れた水が庭木を枯らしてしまうなど、庭全体に悪影響を及ぼす可能性もあります。そのため、「上から下へ流れた水が一滴も漏れずに下の池やマスに戻ってくる」という完璧なルートをつくる必要があります。そのためにセメントや防水シートを使うのですが、ここにもジレンマがあります。防水を徹底しようとすると、いかにも人工的なセメントの跡が見えてしまい、自然の美しさが損なわれてしまうのです。いかにコンクリートや配管を隠し、あたかも自然の湧き水や小川のように見せるか。これが庭師の腕の見せ所であり、最も苦心する部分です。
水の庭をつくる際、水深と水量のバランスも非常に重要です。浅すぎると水が流れているのかどうかわからず、逆に深すぎると流れが淀んでしまいます。ポンプで毎分数十リットルという水を送り出すのですが、途中で岩にぶつかったり流れが分岐したりして、思った通りのスピードで水が戻ってこないことがよくあります。戻りが遅いと上のほうで水が溜まり、下の池は空っぽになってしまう時もあります。実際に水を流してみて初めて、「ここは勢いが強すぎるから石を置いて流れを緩めよう」「ここは石を削って流れの向きや水速を変えよう」といった課題が次々と見つかります。
通常の庭づくりであれば1週間ほどで完成するところ、水の庭はそのような試行錯誤や水漏れのチェックがあるため、さらに2週間ほど工期が延びてしまいます。作る前から「どこかで漏れるのではないか」と夜な夜な夢に見るほど、精神的にも負担の大きい仕事なのです。
正直なところ、リスクや工期、費用のことを考えれば、「水の庭は本当に難しい」と現場で何度も感じます。実際、水漏れの原因を一つひとつ探している時間は、想像以上に神経を使うものです。それでも、そうした苦労を重ねながら形にしていくところに、水の庭ならではの価値があると私たちは感じています。
しかし、すべての調整が終わり、美しい石組みの間を水がサラサラと流れ、心地よい音を立て始めた瞬間、それまでの苦労は報われます。水の音、濡れた石の風情、光を反射してきらめく水面。それらがもたらす癒しと豊かな空間は、何物にも代えがたい魅力があります。お客様にその庭を見て喜んでいただけたとき、私たちもあらためて水の庭の価値を実感します。代表の師匠にあたる職人も、かつて「水が遊ぶ姿を表現するのは本当に難しい」とよく語っていたそうです。水というコントロールしきれない自然と向き合い、格闘し、そして調和を生み出すこと。それが水の庭づくりの本質なのだと思います。これからもその難しさと魅力に真正面から向き合い、人の心に残る「水の庭」を丁寧につくり続けてまいります。











